地域一体となった観光地・観光産業の再生・高付加価値化事業

エリア全体でユニバーサルデザインに挑む 山形県天童温泉

東北地方 山形県天童温泉

天童温泉では、観光地域づくりを担う〈株式会社DMC 天童温泉〉が旗振り役となり、令和2年度から観光庁の補助事業に取り組み、令和3年度には「既存観光拠点の再生・高付加価値化推進事業」にチャレンジしました。株式会社DMC 天童温泉の山口 敦史さんと鈴木 誠人さんに、事業のコンセプトやその道のり、今後の展望についてお話をうかがいました。

〈株式会社DMC 天童温泉〉代表取締役で〈株式会社 滝の湯ホテル〉代表の山口 敦史さんと、DMC 天童温泉旅行事業課リーダーの鈴木 誠人さん。

「面」となって取り組むからこそ効果がある

天童温泉は大中小規模の旅館が11軒、周辺には約150件の飲食店が集積する地域に溶け込んだ温泉街。アクセスが良いことも特徴で、東京から新幹線で3時間、車では4.5時間、高速ICや山形空港から温泉街まで車で5〜10分と、空路、陸路ともに利便性が抜群です。

一方で全国の多くの観光地と同様に、高齢化社会、人口減少による国内旅行客の減少に危機感を持ち、2017年からはDMC天童温泉を立ち上げ、地域の事業者が連携しながらパッケージツアーの開発や販売、情報発信などを行ってきました。

そのなかで大切にしていたのが、地域の事業者がひとつのコンセプトに取り組むということ。「長期的な目線で地域が一体化してエリアの価値を高めながら、各旅館の価値も高めていく。それが本当の意味での高付加価値化だと考えた」と山口さんは言います。

天童温泉 〈ほほえみの宿 滝の湯〉。

高付加価値化の手法として選んだのが「ユニバーサルデザイン(UD)」というテーマでした。かねてから、“旅行弱者”と言われる高齢者や障がい者などを受け入れる態勢が整っていないという課題があり、車椅子や足腰が悪い方でも安心して滞在できる旅館の施設改修やサービスの見直しに取り組むことに。さらにUDのテーマを掘り下げるなかで、社会的な需要の変化も見えてきたと山口さんは話します。

「国内観光客が減少していくなかでインバウンド効果があり、コロナ前はなんとか横ばいを維持していましたが、アフターコロナでは、新しい需要の掘り起こしが必要だと考えました。今後さらに高齢化が進み、体に不自由を抱えて旅行をためらう人が人口全体の20%になると言われています。その20%は平日の連泊需要が見込まれる層でもあり、観光マーケットとして大きいものです。

各施設がUDを進めている事例はたくさんありますが、エリア全体で取り組んでいるのは全国的に見てもほとんどありません。UDは面でやるからこそ効果が増していくことであり、本事業を生かして私たちが先行事例となっていけたらと思いました」(山口さん)

「普段からお客様の声や要望に耳を傾けていた結果、たどり着いたのがユニバーサルデザインというテーマでした」と山口さん。

旅行体験として全体を考えたとき、2次交通の課題も浮かび上がってきました。立地はいいものの、周遊観光をうながす交通機関が整っていない現状。UD化の文脈に合わせて車椅子対応の観光周遊バスを運行する実証実験も行うことになりました。

金融機関も一員となったチーム体制

チームとして参加したのは全12事業者。DMC天童温泉が中心となり、以下の役割分担で事業を推進していきました。

・DMC天童温泉(全体のマネージメント)
・天童市(DMC天童温泉と連携して事業を推進)
・きらやか銀行(融資や事業のアドバイス)
・山形大学院理工学研究所(満足度調査、アンケート作成、実証実験の検証)
・旅館5社/天童ホテル・滝の湯ホテル・栄屋ホテル・天童荘・ほほえみの空湯舟 つるや(施設内のUD改修)
・観光施設/やまがたさくらんぼファーム(施設内外のUD改修)
・交通事業者2社/山交バス・⻘空観光(山寺や銀山温泉など観光地や市内周遊バスなどの実証実験)

チームの特徴として挙げられるのが、地域の金融機関と大学の参画です。

「今回は4000万の予算が必要で(補助上限金額は2000万)、コロナ禍で融資のハードルが高いなか、たまたま旅館の5社が〈きらやか銀行〉にお世話になっていたので、事業計画と個別の投資計画をスムーズに共有することができ、融資をしていただけることになりました。金融機関がチームの一員となり、伴走支援いただけたことが大きかったと思います」(山口さん)

さらにバスの実証実験では専門的な解析も必要と考え、山形大学院理工学研究所に協力を仰ぎ、アンケート制作から検証を含めて実施。確実なフィードバックから今後につなげていくことが狙いです。

「既存観光拠点の再生・高付加価値化推進事業」における天童温泉のスキーム図。(画像提供:DMC天童温泉)

天童温泉には100室ほどの大規模旅館もあれば、伝統的な数寄屋造りの小規模な旅館もあります。最初はUDに反対の声があがるかと懸念しましたが、趣旨を説明することでスムーズに進んでいったと山口さんは言います。

「今回の事業のポイントは、個々の設え(ハード)を統一するのではなく『ユニバーサルデザイン』という考え方を共有すること。そうすることで個々の旅館の特性を邪魔することなく、エリアの魅力を上げられます。

UDとは必ずしもバリアフリーではなく、誰でも使いやすいものにするということです。『段差をなくせ』ではなく、『段差があるならそれをクリアする工夫をしよう』という話であり、健常者にとってもいいデザインであることが大切。そういったテーマ性をみんなで話し合いました。チーム内ではグループチャットをつくって頻繁にやりとりしています。

マネージメントで大切にしているのは、個々を尊重すること。各々やりたいことをやりながら『ここだけは大切にしましょう』というポイントを共有します。8割は各々で2割は全体性を持って協力し合おう、といったバランスですね」(山口さん)

令和3年4月に開湯110周年を記念して新設した天童温泉第10号源泉。源泉管理組合を組成し、旅館が共同で源泉を守っていることが天童温泉のチーム力の秘訣なのかもしれない。

さりげない工夫を重ねた、ユニバーサルデザイン改修

今回の事業では、5つの旅館とふたつの交通事業者と果樹園の合計8社が改修や実証実験を実施しました。UD改修においては、温泉エッセイストの山崎まゆみさんと地元の介護施設〈つるかめ〉監修のもと、各旅館が考える独自のユニバーサルデザインと設計を実施。そのなかからいくつか特徴的な事例をご紹介します。

●貸切風呂の設置

滝の湯の中庭に誕生した貸切風呂。さくらんぼをモチーフにした浴槽は山形県大石田町〈次年子窯〉によるもの。

〈滝の湯〉では庭園を臨む離れに、完全なユニバーサルデザインの貸切お風呂を設置。入口から浴室まで段差のない設計で、車椅子でも使えるシャワーブースとトイレも完備し、トイレはオストメイト(人工肛門や人工膀胱保有者)にも対応しています。

浴槽の高さを45センチにし、湯船と壁の間に板を張ることで、車椅子から座ったまま腰をスライドさせて入浴が可能です。

滝の湯の将棋の駒型のお風呂。右側にある脱衣所とフラットにつながり、車椅子利用者でもゆったりと入浴できる。

「大切にしたのは、誰もが安心して入れるデザイン。あえて手すりは付けていません。せっかく非日常の時間として宿泊されているのに、普段の福祉施設のお風呂と同じだったら楽しみも半減しますよね。普通のお風呂に入れたという体験が自信につながっていけばうれしいです」(山口さん)

●その他の宿のUDルームへの改修事例

〈天童ホテル〉の温泉付きUDルーム。3つの客室をつないでひとつの客室に改修。入り口には広いスロープがあり、フローリングから畳の間、浴室まで空間すべてがフルフラット。

同じく天童ホテルのUDルーム。車椅子が通りやすいよう、部屋全体に広い動線が確保されている。

〈天童温泉 ほほえみの空湯舟 つるや〉の温泉付きUDルーム「HAKU」。ベッドルームの奥には浴室が続き、入り口からの動線はすべてフルフラットになっている。

同じくつるやのUDルーム「HAKU」。客室全体で60平米とゆったりした広さがあり、魅力的な空間である。

つるやのUDルームの浴室部分。シャワーブースから浴槽までがベンチでつながっている。腰掛けたまま移動できるつくり。

5つの旅館それぞれが独自のUD改修を実施しましたが、共通しているのは、見た目にはわからないさりげない工夫や配慮が仕込まれていること。手すりだけでなく手を置ける棚を設置し、高さを調整できるようにすることで、誰にでも適応するデザインになっています。

●果樹園が運営するカフェの外観改修

軒やスロープを整備した、〈やまがたさくらんぼファーム〉の〈oh!show!cafe〉。(写真提供:やまがたさくらんぼファーム)

〈やまがたさくらんぼファーム〉は、採れたての果物をふんだんに使ったパフェが人気のカフェ〈oh!show!cafe〉を経営しています。店内には待合スペースがなかったことから、外で待つ客が雨に濡れないように軒を設置し、車椅子でも入りやすいようスロープも設置しました。「将来的には砂利の駐車場を改修したり、車椅子でもさくらんぼ狩りができるよう、天童温泉と一緒になってユニバーサルツーリズムを推進してくださっています」と鈴木さんは話します。

●周遊バスの実証実験
以前から2次交通に課題を感じていたという鈴木さん。

「冬場の客足が伸び悩んでいたので、2次交通を補強することで克服できるという仮説を持って取り組みました。天童温泉に滞在しながら山形旅行者がよく行くスポットを結び、巡る仕組みをつくることが目的です」(鈴木さん)

〈⻘空観光〉は銀山温泉と天童温泉を結ぶ、車椅子で乗車可能なシャトルバスの実証運行をしました。雪道運転のハードルが高い県外の旅行者からはシャトルバスのニーズが高く、午前と夕方で1日2便出したところ、銀山温泉では約3か月間の実施で1000名以上の乗車がありました。

天童温泉の旅館の周辺には約150軒の飲食店があるので、旅館では朝食のみ、夜は外で食べる「泊食分離」のスタイルが叶います。例えば、銀山温泉で景色を見て、天童市内で夕食をとり、旅館に戻ってくるという過ごし方の提案をするための企画でもあったといいます。

天童巡回バス〈GURURI〉。車椅子をつめるリフト付きのノンステップバス。

〈山交バス〉は、天童温泉を拠点に周辺観光施設を結ぶバスの実証実験を実施しました。1日3便、酒蔵の〈出羽桜〉や道の駅、山寺など、車で15分圏内をまわる循環バスです。さらに実証期間が冬場だったので、蔵王の樹氷を見るツアーも同時に企画。産業用機器メーカー〈デンソーウェーブ〉の協力もあり、QRコードを活用したシステムを開発し、乗客の属性をとり使用ルートを解析することで、さらに情報の精度を上げていきました。

「実証実験の結果、周遊バスは地元の人の利用率が高いことがわかりました。やはり観光客のみでは利用率に波が出てしまいますから、地元の人の足になってこそ常設化の可能性が見えてきます。現時点ではまだ難しい状況ですが、時間をかけて自走に向けて取り組んでいけたらと思っています」(鈴木さん)

鈴木さんは埼玉県からの移住者。県外出身者として、外の目を生かした観光発信を行っている。「究極の夢は山寺を車椅子を利用する方でも登れるようにすること。あの景色を、達成感とともに味わってほしいです」

持続可能なUDを目指して

こうした取り組みはまだ始まりにすぎません。ハード面の改修を持続可能なものにするために、あらゆる施策が実践されています。

「UD改修と連動させるように『心のバリアフリー(※)』として、ソフト面からもUDを進めています。

例えば、本事業に参加する旅館は旅行介助士というプログラムを受講したり、専門的な知識が必要な入浴介助士を派遣していただく仕組みを導入しています。ほかにも筆談の用意をしたり、車椅子が段差を越えられるようにスタッフがサポートしたり。そんな小さなことも含めて、ハードとソフトの両輪でUDを持続可能なものにしていきたいと思います」(山口さん)

※「心のバリアフリー」とは、さまざまな心身の特性や考え方を持つすべての人々が、相互に理解を深めようとコミュニケーションをとり、支え合うこと。観光庁では「観光施設における心のバリアフリー認定制度」を設け、観光施設のさらなるバリアフリー対応とその情報発信を支援している。


「これからも持続的に集客していく装置として、DMC天童温泉が旅行商品をつくり発信していきたいと考えています。例えば、車椅子に乗ったままさくらんぼ狩りができるアクティビティとUDのお部屋をパッケージにしたプランをDMCで販売したりと、現在各事業者が進めている“点”の取り組みを結んで展開していくイメージです」(鈴木さん)

令和4年度には、建築家・結城光正氏が監修し、数年前から進めているまちづくりの統一テーマ「天童の森構想」のもと、外壁や植栽をリニューアルしていく。すでに天童の森構想により整備されたエリアの雰囲気を、天童温泉全体に広げていくという。

令和4年度には参加事業者が倍増し、9つの旅館のほか、目抜き通り沿いを中心にした12の飲食店も含め、23社が参画し、新たなチャレンジが行われていきます。

「これからはUDと同時に景観づくりにも取り組んでいきます。かねてからの課題のひとつとして、昭和の高度成長期を経て各施設がバラバラに開発され、温泉街の情緒がなくなっていたことがありました。そこで、かつての風景を取り戻すために、地域にもともと自生する植物で植栽を整えたり、独自のカラーチャートを使って、各旅館の個性や特徴を保ちつつ一体感が出せるような塀の色合いをコーディネートしたり、エリア内にサインをつくって回遊性を高めたりするなどの取り組みを計画しています。

今年度は関係者が増えてより面的な展開になっていきます。この5年をひとつのスパンとしながら、『ユニバーサルツアーといえば天童温泉』と言われることを目指していきたいですね」(山口さん)

text:中島彩 photo:志鎌康平

2022年5月6日