島の多彩な魅力を最大化し、
観光地としての資質向上を目指す
新潟県佐渡市
北陸信越地方 新潟県佐渡市
新潟県佐渡市では、DMO(観光地域づくり法人)である〈佐渡観光交流機構〉が中心となり、令和3年度から観光庁の「既存観光拠点の再生・高付加価値化推進事業」に取り組んでいます。佐渡観光交流機構の専務理事、祝雅之さんはじめ、事業に関わった人々に事業のコンセプト、内容、課題、今後の展望などについてお聞きしました。

佐渡観光交流機構の専務理事、祝雅之さん。佐渡島の玄関口となる両津港にある、佐渡市が運営する多目的スペースを中心とするインフォメーションセンター
〈あいぽーと佐渡〉で。
佐渡の魅力を表すキャッチフレーズのもと、地域の一体化を図る
1991年には人口7万人の島に、年間120万人を超える観光客が訪れたという佐渡島。観光業に従事する人々とそうではない人々の間で、観光に対する意識の乖離が生まれ、いわゆるオーバーツーリズムも経験しました。
その後、時代とともに団体旅行から個人旅行へと変化した観光の質への対応が遅れ、コロナ禍もあり、2020年の来島者数はおよそ27万人という厳しい状況に直面することに。
この状況と島民の意識を改善し、観光再生のために地域全体のコミュニケーションをまとめる役割を担うべくDMOとして2018年に立ち上げられたのが、〈佐渡観光交流機構〉です。
佐渡島には、佐渡金銀山という世界文化遺産候補や、朱鷺が生息できる豊かな生態系が認められた世界農業遺産、日本ジオパークなど、稀有な観光資源があります。そうした強みを生かし、120万人観光客時代の誘客スタイルから脱却して、個人客の受け入れに対応できるハード整備とマインドを育てるため、まずはじめに「佐渡は○○の島」というコンセプトを設定することから取り組みが始まりました。
「観光事業関係者の中で意識を統一するために、2年の歳月をかけて話し合いが持たれました。ですが、佐渡は旬のものが毎週変わると言われるほど、多様性に富んだ島。地域ごとに季節感、食材、文化などの特徴がまったく違うため、結果として、2年かけても誰もが納得できる島の魅力を表現するようなうたい文句は見出せなかったのです」と専務理事の祝雅之さんは当時を振り返ります。
「ただ、この話し合いを経て、“佐渡はエリアによってその魅力が異なる”という島民の誰もが抱いている感覚を共有し、それこそが強みであると確信しました。そこで佐渡では、特定のキーワードを掲げることで地域の一体化を図り、観光資源の再生に取り組んでいくというスタンスとは異なる視点からの地域計画の基盤が整いました」
「来るのは大変だけど、非常に暮らしやすい島」と島民が口をそろえるように、佐渡は海、山、高原、平野と地形も多様で、気候も、新潟本土より冬暖かく、夏涼しく、田畑や山海の食材に恵まれ、四季を豊かに感じられます。こうして、「暮らすように旅し、満たせる島・佐渡」というキャッチフレーズを掲げ、地域一体となった取り組みを始めたのです。
個性豊かな4つのエリア。それぞれの魅力を生かす事業を

佐渡島には文化、歴史、風土が異なる4つのエリアが存在している。その多様性が、この島を旅する独特の魅力を生み出している。
佐渡島は、大きく分けて両津・相川・国中・小木の4つのエリアで構成されています。
フェリーやジェットフォイル(高速船)が発着する両津港のある両津エリアは、いわば佐渡島の玄関口。加茂湖という牡蠣の養殖で有名な汽水湖もあります。
相川エリアは世界文化遺産候補の佐渡金銀山がある地域。江戸と明治の歴史・文化のまち歩きも体験できます。
国中エリアには〈トキの森公園〉があり、朱鷺の生態を間近に観察することができる場所。五重塔など歴史ある寺社と能舞台が多いことでも知られています。
小木(南佐渡)エリアは、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている宿根木集落があり、入江の狭い地域に独特な造りの家屋が密集しています。たらい舟などのアクティビティも人気です。
世界遺産候補地に、観光客と島民が交流できるカフェをオープン
「令和3年度の事業では、観光施設の改修、公共施設の民間利用、2次交通改善のための実証実験を3本柱とする計画が採択されました。事業の効果検証などをふまえ、令和4年度は、その3つの事業の内容をより精査しながら、佐渡金銀山の世界遺産登録を見据えて高付加価値化、観光施設改修、廃屋撤去を具体的施策として計画しています」と祝さん。

「世界遺産を目指す観光地にふさわしく長期滞在、ワーケーションなど新しい観光スタイルに対応できる宿泊施設の拡充、改修も必要だと考えています」と語る祝さん。
「公共施設の民間利用に関しては、相川地区の史跡〈北沢浮遊選鉱場〉の敷地内にある、使用されていなかった市所有の倉庫をカフェに全面リノベーションする事業を行いました。
佐渡金銀山を支えた鉱山施設であり、シンボルでもある北沢浮遊選鉱場は、いまでは佐渡有数の観光スポットですが、周囲に商業施設がなく、観光でいらしても、みなさん写真を撮ってすぐに帰ってしまいます。それはあまりにもったいないということで、民間事業者の協力を得て、周囲の景観を壊さない建物づくりという共通認識のもと、計画が進められました。
飲み物や食事を楽しみながら、ゆっくりと北沢浮遊選鉱場の壮大な景色を眺められるカフェ〈北沢Terrace〉は、観光客のみならず地元の人々にとっても憩いの場となり、『暮らすように旅し、満たせる島・佐渡』事業の今後の拠点にもなると考えています」
最初に北沢浮遊選鉱場にカフェをつくろうと発案したのは、〈相川車座〉代表の岩崎元吉士さんでした。相川車座は、官民一体となり相川エリアの活性化に取り組んでいます。

リノベーションされた倉庫を〈KITAZAWA KICHI〉と命名。2階には、北沢浮遊選鉱場の眺望が楽しめるカフェ〈北沢Terrace〉をオープン。
〈相川車座〉代表の岩崎元吉士さん(左)と、美食の宿として知られる旅館〈Ryokan 浦島〉の間島万起人さん(右)。
「車座で相川を開発するにあたり、ここを観光客と地域住民の交流の場にできたらいいなと思っていたんです。そのような交流の場所は、バスで移動を続ける団体客中心の時代には存在せず、“暮らすように旅する”楽しみを実現するには必要だと思っていました。
けれども100%民間の資力でやるのは難しかったところ、『既存観光拠点の再生・高付加価値化推進事業』の計画に参加できることになりました。あくまでも、メインは北沢浮遊選鉱場。なので、その景観と調和する建物とカフェの運営を目指しました」

北沢Terraceを、地元の人と観光客との交流ができるような拠点にしたいと岩崎さん。
2022年10月には佐渡初となるランタンフェスティバルを実現させた。

古い倉庫を改装した北沢Terrace内観。目の前に北沢浮遊選鉱場が広がる絶好のロケーションとおいしい料理や飲み物は、SNSでも大評判になっている。
カフェを運営していくにあたり、岩崎さんが声をかけたのが、佐渡で「越の松原に佇む、オーベルジュ」として自然、伝統、現代的デザインが融合された魅力を発信する〈Ryokan 浦島〉の経営を担い、そこで日本料理を担当する料理人でもある間島万起人さんでした。絶好のロケーションにあるこの建物を何かに活用できないかと前から思っていた間島さんは、岩崎さんから声をかけられてすぐにプロジェクトに参加しました。

Ryokan 浦島は和の「南の館」と洋の「東の館」からなり、間島さんは「南の館」で日本料理を担当する。
持続可能な循環農法に取り組み、地産地消の食材にこだわっている。
「相川地区には、ほかにもたくさんの文化財があります。北沢テラスを拠点として、北沢地区全体、ひいては相川町、佐渡全体として魅力を発信していければと思っています」
北沢Terraceが提供する料理はすべて地産地消で、佐渡産の食材がふんだんに使われています。料理はもちろん、スイーツの材料も佐渡産が中心で、間島さんが考案した、クロワッサンとワッフルのいいところ取りの「佐渡ッフル」は、観光客にも地元の人にも人気の一品です。
都会の若者を「佐渡ファン」にする新たな試み
「スローネイバーフッド」というプロジェクトも昨年度事業の取組のひとつです。首都圏と佐渡の新しい関係性を構築することを目的として、セミナーやワークショップが都内の新大久保で5回開催されました。
「旅以上移住未満」という視点から佐渡の魅力を伝えるために、佐渡に魅了され佐渡に暮らす外国人講師を迎えたり、佐渡の食材を使った料理を提供するなど多彩な内容を用意し、また北沢Terraceの立ち上げに関わった相川車座の岩崎さんが毎回オンラインで参加して、第5回には実際に会場に登場し、そこで佐渡の伝統芸能を披露するなど毎回満席と好評でした。
現在、佐渡に来る観光客は50代~70代がボリュームゾーンで、20代が少ないことが調査でわかったため、潜在的な観光需要を掘り起こすべく、このプロジェクトは20代をターゲットにすることに。SNSなどで大学のサークルに声がけをして若者を集客したところ、環境やサステナビリティなど社会課題に関心が高く、高価な旅よりも、コミュニティを体験するほうが重要と考える若者がたくさん集まりました。
そのプロジェクトの中で、佐渡で実践されている持続可能な漁業と農業、また地産地消給食の取り組みについて紹介したのが多田好正さんです。

内海府漁業生産組合の組合長でもあり、〈四季彩 味よし〉のオーナーシェフでもある多田好正さん。
帝国ホテル東京で長年腕を振るった経験のある、とびきりの料理人としても活躍している。
「このイベントをきっかけに、佐渡で働きながら離島留学をする学生や、年に何回も来るリピーターが増えました。コンセプトのひとつである“田舎のない若者に帰る田舎を提供する”が具現化されつつあり、手応えを感じています」と話す多田さん。島民と佐渡ファンのつながりによって、佐渡の歴史や文化を守り発展させる、サステナブルな観光地域づくりの一環として、着実に効果をあげています。

佐渡でとれた寒ブリのアラや内臓を発酵させ堆肥にし、有機無農薬栽培で育てた米や野菜を地元の小・中学校の給食に提供するといった多田さんの取り組みは、
都内在住の学生に大きな反響を呼びました。
酒蔵へと生まれ変わった学校が、地域のコミュニティを育む
島内の多くの宿泊施設や観光施設が、今回の事業でハード整備に着手しています。〈真野鶴〉ブランドで知られる地元の酒蔵〈尾畑酒造株式会社〉が運営する〈学校蔵〉という施設もそのひとつです。

廃校になった木造の小学校校舎の姿はそのままに〈学校蔵〉という酒蔵に生まれ変わった。
酒蔵らしく、大きな杉玉が下がっている。下駄箱があり、靴を脱いで上がるのは小学校と変わらない。
学校蔵は、2010年に廃校になった西三川小学校を、尾畑酒造が市から借り上げ、酒造り体験ができ、カフェも併設した酒蔵として生まれ変わらせたもの。
「“日本で一番夕日がきれいな小学校”と謳われながらも廃校が決まってしまった美しい木造校舎を、なんとか残したくて」と語るのは、尾畑酒造代表取締役社長の平島健さん。学校を酒蔵として再生するということから、ここで酒造りを学べる「1週間の酒造り体験プログラム」をスタートさせ、また「学校蔵の特別授業」というワークショップも毎年催することで、国内外からの参加者が佐渡に長期滞在するモデルが誕生しました。
けれども不特定多数の人が集まる施設の運営で必要だったのが、実はトイレの改修でした。子ども用の和式トイレしかなかったため、補助事業によって温水洗浄便座に改修が行われ、ワークショップの参加者やカフェの利用者にとって、快適な空間が誕生しました。
また施設内に宿泊場所を設けたにもかかわらず、酒造りの参加者には、佐渡の魅力をより広く知ってもらい、地域の人々との交流を深めてもらうために、麹づくりの1日を除き、あえて周辺の宿泊施設に泊まってもらうこととし、学校蔵を媒介に新しいコミュニティを形成し、地域への広がりを図ることで、持続可能な地域づくりも目指しています。
交通網の利便性向上により、島内観光を充実させたい
団体旅行全盛の時代につくられた大型宿泊施設を時代に合ったスタイルにするため、佐渡では本事業がさまざまな場面で活用されています。その取り組みについて、再び佐渡観光開発機構の祝専務理事にうかがいました。
「佐渡島は、観光を手段として人口減少に伴う地域経済縮小の解決を図り、サステナブルな長期滞在型リゾートを目指していける地域だと考えています。
そのために佐渡市の事業推進への支援を受けながら、佐渡観光交流機構が地域計画を策定し、個別事業計画の取りまとめを行い、金融機関からの融資計画や経営視点からの助言を受け、各事業者が個別の計画を策定し、事業展開するというように、地域が一体となり、それぞれの役割を果たして観光資産の向上に取り組むことが実現できていると思っています」

令和4年度事業の体制図。(画像提供:佐渡観光交流機構)
祝さんは、宿泊施設だけでなく、島内の交通網の利便性向上も、佐渡島の観光地としての資質向上には欠かせない課題としています。
「昨年度は、両津→相川直行のライナーバスを走らせました。また、相川エリアではジャンボタクシーで循環する〈来るまる号〉の運行、小木エリアではeバイクを導入する実証実験を行いました。エリアを回遊することができる3次的な交通は、好評を博しています。
反面、ライナーバスは既存の路線バスとの差別化や利用者数、ジャンボタクシーはドライバーの確保など、課題がいろいろと浮き彫りになりました。ライナーと路線バスの一本化やジャンボタクシーの無人運転化など、利便性や生産性向上に配慮するとともに、費用面を含めた持続性を検証しながら、来年度には実装したいと思っています」

長期滞在者のために佐渡汽船両津港ターミナルに直結したビルに2022年オープンしたシェアオフィス&コワーキングスペース〈SADO PORT LOUNGE〉にて。
令和3年度の事業では、観光施設の改修、公共施設の民間利用、2次交通改善のための実証実験に各地域が連帯し、「面」となって高付加価値化に取り組んだという佐渡。令和4年度には、佐渡金銀山の世界遺産登録を見据え、世界遺産観光地の顧客ニーズに合った宿泊施設の高付加価値化をはじめとして、佐渡島全体の魅力向上させるビジョンを掲げています。
「そのためにさまざまな魅力を持つ地域が、再び一体となり、新しい観光スタイルに対応できるような宿泊施設の拡充、高付加価値化改修、そしてコストパフォーマンス重視からの脱却の実現に取り組んでいます。また貴重な歴史文化や自然環境のイメージを害する廃屋の撤去も進めています。
団体旅行全盛期には、バスのための大きな駐車場が必要で、宿泊施設が各地域の中心からどんどん郊外に出ていってしまったのですが、まちなかの宿泊施設を再び拡充し、観光客に滞在してもらうことで、佐渡金銀山の観光だけでなく、各地域での島民との交流が増えて、結果的に佐渡ファンが増えてくれることを期待しています」
東京23区の1.4倍の面積を持つという佐渡島。そこには日本の多くの地域で失われてしまった鮮やかな自然、文化芸能、豊かな食生活という日常の暮らしが持つ魅力が凝縮されています。さらにそこに両津、相川、国中、小木という多様性に富む地域があることで、佐渡は多様化する新しい観光ニーズに対応できる地域となっています。
その4つの地域が一体となって行われる宿泊施設や観光施設の拡充と改修、事業者の受け入れマインドの改革、そして移動環境の改善が進み、佐渡の観光資産は再生し、その価値を向上させます。それによって実現するのが、佐渡ならではの「暮らすように滞在する旅」です。豊かな自然や深い歴史と文化、バラエティに富んだ美味の数々に満ちた佐渡の魅力を、より多くの人に知ってもらい来島してもらうべく、佐渡の進化は続きます。
text:斎藤理子 photo:千葉諭
2022年11月17日-18日