「民の力」を結集し、地域を再び興す
北海道小樽市
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開拓時代から現在に至るまで、「民の力」でまちがつくられてきた、北海道小樽市。抜群の知名度を誇る小樽運河を中心とする歴史的なまち並みと、朝里川温泉に代表される豊かな自然や温泉といった観光資源をつなぎ、高付加価値化に取り組む事例を紹介します。

小樽市産業港湾部長・渡部一博さん(左)と産業港湾部観光振興室の松本貴充さん。
小規模な事業者が多いからこそ、面的な整備が必要
明治初期から北海道の玄関としての役割を担ってきた、美しい港湾都市・小樽。多くの人がまず思い浮かべる景観は、やはり水辺に沿って倉庫が連なる、ノスタルジックな小樽運河でしょう。
「歴史的建造物がたくさん残っているまちなので、運河を中心とする市街地は特に、歴史文化を生かした観光振興を行っています。また海と山が近く、天狗山や朝里川温泉のスキー場から海が見えるロケーションも、大きな魅力となっています」(小樽市産業港湾部長 渡部一博さん)

明治初期から港湾都市として発展してきた小樽。運河が海運機能を終えてからは、運河保存運動によって景観を生かした観光都市に。
そんな小樽の魅力を最大限に生かすべく、「地域一体となった観光地の再生・観光サービスの高付加価値化事業」の申請に至った経緯を、小樽市・観光振興室の松本貴充さんは次のように説明します。
「コロナ禍で観光事業者が大変な状況にあるなか、これまでも国の手厚い支援を非常にありがたく感じていました。一方で、こうした支援を受けることができる事業者と、そうでない事業者が出てきてしまうことも実感していました。小樽のような規模のまちは、小規模事業者が少なくなく、その多くはどうしても日々の経営で精いっぱいになってしまいがちです。ですので地域一体となった面的な整備していく本事業の方針に、自治体として意義を感じました」

小樽市では「小樽の歴史と自然を生かしたまちづくり景観条例」を制定し、小樽らしい景観を形成している重要な区域を「小樽歴史景観区域」に指定している。右の建物は日本銀行旧小樽支店。
小樽のまちの成り立ちを理解するうえで欠かせないのが、「民の力」というキーワード。北海道の開拓時代、内陸部で産出される石炭を輸送するために小樽~札幌間に道内初の鉄道が開通し、小樽港は物資輸送の幹線になりました。そして、各地から押し寄せてきた民間の人々が中心となって、まちを整備していきます。
時は流れ、モータリゼーションの進展に伴い、海運機能を終えた小樽運河の埋め立て、道路建設計画の是非を巡って「小樽運河論争」が勃発。歴史的遺産として運河保存を呼びかけた市民運動が、全国的に共感を集めました。
「現在の観光都市としての小樽も、主に民間の方々の力で成り立っています。そのことが大きな特徴であり、地域計画の軸にもなっているのです」(松本さん)
前年度の事業を参考に、先回りして準備に着手
小樽が抱える課題として、観光が「“良くも悪くも”まちのシンボルである運河中心」になっていることがあげられます。
「小樽はコンパクトなまちで、運河のある中心部から車で20分ほどのところに、朝里川温泉をはじめとする豊かな自然があるのですが、どちらか一方、特に運河周辺のみを訪れる人が多く、観光地としての一体感や回遊性が薄いのが現状です」(松本さん)
その一因になっているのが、小樽の札幌からのアクセスの良さ。これもまた、メリットとデメリットの表裏一体ですが、滞在時間が短く、宿泊を伴わない通過型観光の割合が多くなっています。日中以外、夜や朝の時間帯を楽しめるようなコンテンツが少なく、「小樽の夜は早い」というイメージが定着してしまっていることや、宿泊施設の老朽化も、通過型観光に拍車をかけています。
こうした課題を洗い出して、新たに生まれたのが『小樽2.0』というコンセプトでした。「2つのエリア」(中心部と朝里川温泉)、「2度目の小樽」(日帰りの次は宿泊で)、「2つの楽しみ」(昼だけじゃない“夜”も“朝”も)といったように、「2」という数字をテーマに異なるエリアや要素が補完し合い、面的な魅力を相乗的に高め合い新たな回遊性を生むことで、小樽観光のバージョンアップを目指しています。
「地域公募で選定されると、本申請までの間、伴走支援を受けられますが、『小樽2.0』はそれによって生まれたコンセプトです。伴走支援も非常にありがたかった部分で、地域が抱えている課題を伴走支援チームにぶつけて、それに対してビジョンや解決策を導き出すサポートをいただきました。地域計画を立てていく過程で、我々だけではブラッシュアップしきれないところを、伴走支援チームのアドバイスによってより明確、かつ的確なものにできたと思います」(松本さん)

松本さんは、早期に情報をキャッチアップし、事業者のとりまとめに奔走した。
伴走支援以前の大きなポイントとして、自治体が先回りして地域の事業者の意向に耳を傾け、申請に向けて準備を進めていたこともあげられます。
「北海道の場合、冬季は建物の工事などできることが限定されるので、工期を確保するという意味でも、可能な限り早いタイミングで採択を受ける必要がありました。ですので令和3年度の事業(既存観光拠点の再生・高付加価値化推進事業)のスケジュールやチェック項目などを参考に、公募の前に事業者の方々の意向を確認していました。難しい判断ではありましたが、そのおかげである程度スムーズに申請ができたと思います」(松本さん)
小樽の中で、それぞれの魅力を共有する
採択された個別事業者のひとつ〈株式会社Sasson〉は朝里川温泉スキー場を運営しています。朝里川温泉は小樽唯一の温泉郷で、中心部からのアクセスが比較的よいものの、観光客にあまり知られておらず、観光の回遊性が課題となっています。また自然が豊かなエリアであるため、スキーシーズン以外の活用や、温泉にプラスアルファの楽しみ方も積年の課題でした。

運河のある中心部エリアから車で15~20分ほどで、自然豊かな朝里川温泉エリアへ。
「朝里川温泉は『ゆらぎの里』というコンセプトで、自然の癒しと宿泊を融合させて、リフレッシュしながら滞在していただく取り組みを、20年以上前から行っています。今後、温泉保養やスキー以外のイベントやアクティビティを企画・提案していく際に、拠点となる場所が必要だという声が朝里川温泉組合の会合で出て、弊社の施設を改修することになりました」と話すのは、同社リゾート開発部の長谷川恵さん。

自社の施設を、地域の観光拠点として活用したいと話す〈株式会社Sasson〉の長谷川恵さん。
スキー場に併設する「ガルチックレストラン」は、これまで主にスキー学習や修学旅行の食事などに利用されていました。
「以前から夏場も利用したいというお声が多く寄せられていました。今回の改修により、オールシーズンさまざまなかたちでご利用いただけるようになると思います」(長谷川さん)

約220席設置可能な広々とした空間。スキーシーズン以外にもさまざまな利用が期待される。
さらに、敷地にある、長い間使われていなかった築40年ほどのログハウスにも着目。スキー以外のアクティビティの受け入れ施設として、着替えや休憩ができるよう改修しました。
「すぐ近くに朝里川が流れているのですが、リバーウォークの商品化を目指して実証実験を進めているところです」(長谷川さん)
これらのプロジェクトに、朝里川温泉組合が協力し合って取り組んでいること、さらには小樽のほかのエリアと一体となって取り組んでいることに、大きな意味があると長谷川さんは感じています。
「小樽の観光は運河周辺のイメージが強いと思うので、朝里川温泉では違う魅力をアピールしていかなければいけません。いまはそのためのコンテンツづくりをしているところですが、中心部の事業者と同じプロジェクトに携わることは、お互いの取り組みを知るきっかけにもなります。
地元の人も知らないことを外に発信しても、なかなか残っていけないと思うので、まずは小樽の人たちがそれぞれの魅力を共有して、アピールする場を積極的につくっていきたいですね」(長谷川さん)
全体コンセプトのもと、個々の事業者が工夫し持ち味を発揮
宿泊施設の高付加価値化改修も、市内各所で進められています。
運河沿いの好立地にある〈運河の宿おたるふる川〉では、アフターコロナのインバウンド需要の回復を見込んで、客室面積を拡大することで、ラグジュアリーな宿泊滞在機会の提供を実現。また近年増えている、ペット同伴の旅行者のニーズに応えるべく、エステルームを、愛犬と一緒に泊まれる客室に改修しました。

運河沿いにあり、天然温泉も備える〈運河の宿おたるふる川〉。

高付加価値化改修のイメージ。2~3室を1室にし、和モダンで洗練された部屋へ改修。
〈株式会社運河の宿ふる川〉の代表取締役・古川淑恵さんは次のように話します。
「築60年弱の建物で客室も手狭だったので、全体の部屋数を減らし、レストランを個室化して、付加価値をつけたいと思いました。コロナ以降3年ほど、外的要素に振り回されざるを得ない状況下で、小樽の基幹産業である観光を持続可能なものにしていくためにも、独自のスタイルの必要性を痛感しました。
まずはそれぞれの事業者が力をつけて、地域全体として価値を上げていくことが大切でしょう。地域として取り組むことが、いままで以上に重要になっているのだと思います」

各事業者ががんばりながら、地域として小樽を盛り上げていきたいと話す〈運河の宿おたるふる川〉の古川淑恵さん。
入り組んだ路地にスナックや居酒屋が軒を連ね、昔ながらのディープな小樽を楽しめる歓楽街として人気の花園地区。2021年5月にオープンした〈コミュニティスペースTug-B〉は、1階にカフェバー、2階にゲストハウス、3階にシェアハウスの機能を持つ、複合型コミュニティ施設です。

正面入口も今回の事業で改修した〈コミュニティスペースTug-B〉。
運営するのは小樽商科大学の学生ベンチャー〈合同会社PoRtaru〉。改修前のゲストハウスは、男女兼用のドミトリーのみでしたが、本事業で女性専用ドミトリーや個室の整備を行い、客層の拡大を図ります。
「飲み屋街が近いこともあり、女性も安心して花園で遊び、宿泊できる環境をつくりました。個室はファミリーや年配の方などの利用を想定しています」と、PoRtaru代表の歌原大悟さん。
カフェバーは、ゲストハウスの宿泊客、シェアハウスの住人、地域の人、学生、観光客など、さまざまな人が交流できる場づくりを目指しています。
「地域を活性化するのは“若者・バカ者・よそ者”とよく言われますが、その言葉を信じて、いろいろな人が混ざって活気が生まれる場所を小樽につくりたいと思っています。ゲストハウスの利用者もインバウンドが徐々に増えていて、シェアハウスの住人と仲良くなって、まち案内をするようなことも。そういう場面に遭遇すると、やりがいを感じますね」(歌原さん)

和気あいあいと語らう、〈合同会社PoRtaru〉のメンバーとシェアハウスの皆さん。右から2番目が歌原大悟さん。
歌原さんも在籍する小樽商科大学は、札幌などから通う学生が多く、小樽のまちになじむことなく卒業していく人たちを見て、寂しさを感じていました。学生生活の舞台として小樽の価値を上げていくことは、将来的に小樽で活躍するプレイヤーを増やすことにもつながっていくはずです。
「さまざまな事業者が参加しつつ、全体のコンセプトが据えられているこの事業は心強いですし、自分たちが進もうとしている方向が間違っていないという確認にもなります。今後何かしらのかたちで、ほかの事業者とコラボレーションできそうな可能性も感じられるのがうれしいですね」(歌原さん)
『小樽2.0』というコンセプトのもとに行政が後押しするかたちで、民の力が再び結集。その民の力が目指すのは、何度も訪れたくなり、長く滞在したくなる、持続可能な観光地です。小樽市観光振興室の松本さんも、この事業の意義をあらためて感じています。
「今回の事業では、コロナによる影響で来訪者が減り、施設の稼働率が下がっている厳しいときに、各エリア・各施設をより魅力的なものにしていく取り組みに着手しました。個々が稼ぐ力を高め、潤うことによって、地域に還元していただく。それが持続可能な観光地経営につながるのだと思います」
text:兵藤育子 photo:小川朋央
取材日:2023年1月16日-17日