地域一体となった観光地・観光産業の再生・高付加価値化事業

御食国(みけつくに)として紡がれた魅力に、
新たな価値をつくる
福井県小浜市

北陸地方 福井県小浜市

若狭湾の豊かな恵みとともに歩んできたまち、福井県小浜市。奈良時代には御食国(みけつくに)として朝廷に海産物を届け、北前船の寄港地になるなど、古くから栄えてきた場所です。

そんな小浜市の観光振興の旗振り役となった地域DMO〈まちづくり小浜〉の御子柴北斗さんをはじめとする皆さんに、お話をうかがいました。

福井県小浜市の写真

まち、里山、里海の3エリアに分け、周遊を促す仕組みづくり

山間部には多数の古刹が存在し、空襲の被害を受けず、極端に都市化することもなかった小浜市は、昔からの文化が手つかずで残っている希有な場所であり、「御食国若狭と鯖街道」「北前船寄港地・船主集落」のふたつの日本遺産を有しています。

「“タレント”は揃っています。あとはそれをどう展開させていくか」
〈まちづくり小浜〉の代表である御子柴さんは、観光地としての小浜市の未来像について、次のように語ります。

「小浜市を“まちエリア”、“里山エリア”、“里海エリア”の3つの特徴ごとに区分し、それぞれ宿泊施設を整備することから始めています。各エリアを連携させるハブとして〈まちづくり小浜〉が機能し、最終的にはエリアをまたいで周遊してもらい、小浜市での滞在時間の増加を目指しています」

〈まちづくり小浜〉の代表取締役社長、御子柴北斗さん。移住者である御子柴さんは、地元のさまざまな事業者から信頼を得ながら、小浜市を“面”で活性化させる取り組みのけん引役を担う。

〈まちづくり小浜〉の代表取締役社長、御子柴北斗さん。移住者である御子柴さんは、地元のさまざまな事業者から信頼を得ながら、小浜市を“面”で活性化させる取り組みのけん引役を担う。

小浜市は、御食国(みけつくに)として発展した食文化をはじめ、手つかずの自然や古い神社仏閣など、日本文化や歴史を深く感じることができるポテンシャルの非常に高い場所です。一方で、「観光客の層を厚くするために、滞在環境をより充実させることが課題」と御子柴さんは分析します。

小浜市と同様に御食国として発展した伊勢志摩や淡路島には、1泊2食で1人あたり1〜3万円と幅があるのにくらべ、小浜市では1万円前後の宿が大半を占めているため、観光客の幅が広がりません。そこで必要になってくるのは、宿泊施設の高付加価値化です。

「滞在環境の満足度や話題性を高めることで、リピーターはもちろん、新規の観光客獲得をねらいます。まずは、歴史や文化に興味を持った観光客が求める価値とは何か、あらためて考えました」(御子柴さん)

まちエリアでは一棟貸しで暮らしを追体験しながら歴史と文化を感じる町家改修を、里海エリアでは若狭湾の眺望と食をかけ合わせた漁家民宿の改修を行います。
その結果、「従来存在しなかった、2万円前後の価格帯の宿泊施設を増やします」

小浜市ならではの体験を

まちエリアでは、まるで住人のような感覚で滞在できる「小浜町家ステイ」に取り組んでいます。

令和3年度の事業でリノベーションを行い、現在は7棟までその数を増やし、令和4年度の補助事業でも国登録有形文化財である「旧古河惣兵衛邸」を大幅にリノベーション中です。

町家が多く残るエリア。これだけ密集して町家が残っている場所は、日本でも希有。

町家が多く残るエリア。これだけ密集して町家が残っている場所は、日本でも希有。

当時の建具や小物を活用するなど、町家らしさを残した改修で小浜市の歴史と文化を感じることができます。料金設定は一棟貸しの素泊まりで1泊1万5000円程度。食事は外でとるスタイルにすることで、地元の飲食店の収入につながります。さらにサイクリングや神社仏閣への周遊を促す、アクティビティも用意しました。

「今年度は町家をさまざまなショップに期間限定で貸し出し、観光客がまち歩きを楽しめる『御食国まち歩きマルシェ』というイベントを開催しました。いつもはがらんとしている通りが、イベント中は行き交う人々で賑わい、観光客の方からの反響があったのはもちろん、地元の人も喜んでくれました。イベントでの盛り上がりは一時的なものかもしれませんが、地域全体で未来の理想像を共有することができたことが大きいと思います」

御子柴さんは、「今後は滞在した人がもっと楽しめる場所、カフェやショップなどを展開していきたい」と、次のステップを検討しています。

小浜町家ステイの1棟「つだ蔵」。大正3年築の和菓子屋の蔵をリノベーション。当時、和菓子を仕込んだ跡が残る土壁はそのまま生かされている。

小浜町家ステイの1棟「つだ蔵」。大正3年築の和菓子屋の蔵をリノベーション。和菓子を仕込んだ当時の跡が残る土壁はそのまま生かされている。

小浜町家ステイの1棟「つだ蔵」。大正3年築の和菓子屋の蔵をリノベーション。当時、和菓子を仕込んだ跡が残る土壁はそのまま生かされている。

小浜町家ステイの1棟「つだ蔵」。大正3年築の和菓子屋の蔵をリノベーション。和菓子を仕込んだ当時の跡が残る土壁はそのまま生かされている。

小浜町家ステイの1棟「つだ蔵」。大正3年築の和菓子屋の蔵をリノベーション。当時、和菓子を仕込んだ跡が残る土壁はそのまま生かされている。

小浜町家ステイの1棟「つだ蔵」。大正3年築の和菓子屋の蔵をリノベーション。和菓子を仕込んだ当時の跡が残る土壁はそのまま生かされている。

こうした新しい動きに呼応するように、老舗ホテルである〈せくみ屋〉も4年前から宿泊施設の高付加価値化に取り組んでいます。令和4年度の補助事業でもっとも力を入れているのは「ユニバーサルデザインの導入」だと、取締役相談役を務める藤原清次さんは話します。

「以前から、ご高齢の方や障がいのある方にご利用いただくことも多く、すべての方が快適に過ごせる空間づくりがテーマです」

せくみ屋の取締役相談役である藤原清次さん。

せくみ屋の取締役相談役である藤原清次さん。

一方で、藤原さんは「小浜市は日帰りで訪れる観光客が圧倒的に多く、宿泊施設だけがいくらがんばったところで限界があります」と課題を感じています。

高付加価値化改修がされた〈せくみ屋〉の客室と露天風呂。段差の解消などのバリアフリー改修を実施。

高付加価値化改修がされた〈せくみ屋〉の客室と露天風呂。段差の解消などのバリアフリー改修を実施。

高付加価値化改修がされた〈せくみ屋〉の客室と露天風呂。段差の解消などのバリアフリー改修を実施。

高付加価値化改修がされた〈せくみ屋〉の客室と露天風呂。段差の解消などのバリアフリー改修を実施。

小浜市での滞在を促す仕組みとして〈若狭フィッシャーマンズワーフ〉が令和3年度に実証実験を行ったのが「若狭湾サンセット・モーニングクルーズ」です。

若狭湾屈指の景勝地である蘇洞門(そとも)を巡るクルーズを、朝・夕の時間帯にも拡張することで宿泊の機会創出を目指したものです。

「実証実験では、船から眺める朝日や夕陽といったその時間帯ならではのいわゆる“映える”要素を取り入れることで、とくに若い層や女性客といったこれまでにない層も参加してくれました」と、若狭フィッシャーマンズワーフ代表の溝口裕之さんは、振り返ります。

若狭フィッシャーマンズワーフ代表の溝口裕之さん。

若狭フィッシャーマンズワーフ代表の溝口裕之さん。

「ただし、この実証実験によって浮き彫りになった課題もあります。海が荒れてしまって出られないときの代替案が必要になったのです。これまでは、当施設に併設されている牡蠣小屋でのバーベキューをご紹介したりしていたのですが、ほかのサービスへの誘導方法として、地域のさまざまな事業者と一緒になって取り組む必要性を感じました」

地域を象徴する建物を、ビジターセンターに再生

令和4年度の事業において、里海エリアの阿納集落でも民宿のリノベーションが進められています。

阿納集落には民宿が密集しているが、近年その数は減少を続けている。

阿納集落には民宿が密集しているが、近年その数は減少を続けている。

同地区の事業において核となっているのが、2020年に廃業してしまった〈いたや旅館〉の再生・高付加価値化です。御子柴さんを中心に、地域住民たちで出資して立ち上げた〈株式会社阿納〉がこの事業を担います。

改修中の元〈いたや旅館〉。阿納集落を象徴する建物だったこともあり、地元の住人から残したいという声も大きかったそう。

改修中の元〈いたや旅館〉。阿納集落を象徴する建物だったこともあり、地元の住人から残したいという声も大きかったそう。

7つある客室すべてにベッドを置き、美しい若狭湾の眺望を最大限に楽しめるよう、海側にガラス張りのテラス席を設けるなど、内装を大幅にリノベーション。さらにデラックスルームも設け、価格帯も3万円程度に引き上げる計画です。目の前の若狭湾を望む眺望と、海の幸など食をフックに、これまではビーチリゾートを訪れていたような若いカップルなど、この地にもともと関心がなかった客層を呼び込むことが狙いです。

また、安納地区全体のフロント機能を持たせることも計画。ハード・ソフト両面から同地区を活性化させる宿泊施設となることを目指しています。

「阿納集落を訪れたらまずはここに立ち寄っていただき、いろんなプランを提案するビジターセンターのような場所にしたいです」(御子柴さん)

古くから民宿業で栄えてきた阿納ですが、現在、後継者不足、人材不足という課題を抱えています。さらに、新型コロナウイルスの影響もあり観光客が減少。このままでは民宿業が存続できなくなるのではないかと、〈海の宿ひこ荘〉の浜本彦幸さんは危惧しています。

「ほとんどの住人が漁業と民宿で生計を立てているという、ちょっと珍しい場所なんです。この先何のアクションも起こさなければ、近い将来、民宿をやっていけなくなるというのは前々からわかっていたことですが、なかなか一歩踏み出すきっかけがないままでした。そんなとき、この事業を知り、いましかないぞという気持ちで取り組んでいます」

従前からの名物であるフグ料理などのクオリティは維持しつつ、ハード面のリノベーションによって、新しい客層を取り込むことを計画しました。このプロジェクトの中心人物が、民宿経営としては第3世代にあたる〈若狭ふぐの宿 下亟〉の下亟(しもじょう)由明さん、〈四季の宿かわはら〉の河原正和さん。どちらも40代の働き盛りです。

「良い場所だ、といろんな人から言われるのに観光客はずっと減り続けています。これまでは食べ物のおいしさという一枚看板でやってきましたが、それだけだと新規のお客さんがなかなか増えず、どうしても尻すぼみになってしまう」

左から河原正和さん、浜本彦幸さん、下亟由明さん。「競合ではなく仲間という感覚が昔から強い地域」と浜本さん。地域の課題を協力して解決してきた経験が下地にある。

左から河原正和さん、浜本彦幸さん、下亟由明さん。「競合ではなく仲間という感覚が昔から強い地域」と浜本さん。地域の課題を協力して解決してきた経験が下地にある。

常連客だけでなく新しい客層を取り込もうと挑戦し続けることで、地域は活性化し、おのずと後継者問題解決の一歩につながると見込んでいます。

昨年度、下亟さんは大幅なリノベーションを実施しました。

「最初はちょっと不安もありましたが、やってみるとお客さんが部屋指定で宿泊に来ることが増えました。新しい客層を取り込みつつ、リピーターで来られていた常連さんからの評判も上々です」

阿納集落の民宿の宿泊料金は素泊まり5000円前後であるのに対し、下亟では現在、8800円まで引き上げ、若狭ふぐのディナー付きプランは2万円前後となっています。

〈若狭ふぐの宿 下亟〉客室は洋室化し床も無垢材のものに張り替えることで、モダンな空間に仕立てた。客室3部屋を一間にした食事処は、もとからある梁を生かしながら天井を抜き、開放感のあるスケルトン構造を取り入れている。

〈若狭ふぐの宿 下亟〉客室は洋室化し床も無垢材のものに張り替えることで、モダンな空間に仕立てた。客室3部屋を一間にした食事処は、もとからある梁を生かしながら天井を抜き、開放感のあるスケルトン構造を取り入れている。

〈若狭ふぐの宿 下亟〉客室は洋室化し床も無垢材のものに張り替えることで、モダンな空間に仕立てた。客室3部屋を一間にした食事処は、もとからある梁を生かしながら天井を抜き、開放感のあるスケルトン構造を取り入れている。

〈若狭ふぐの宿 下亟〉客室は洋室化し床も無垢材のものに張り替えることで、モダンな空間に仕立てた。客室3部屋を一間にした食事処は、もとからある梁を生かしながら天井を抜き、開放感のあるスケルトン構造を取り入れている。

〈若狭ふぐの宿 下亟〉客室は洋室化し床も無垢材のものに張り替えることで、モダンな空間に仕立てた。客室3部屋を一間にした食事処は、もとからある梁を生かしながら天井を抜き、開放感のあるスケルトン構造を取り入れている。

〈若狭ふぐの宿 下亟〉客室は洋室化し床も無垢材のものに張り替えることで、モダンな空間に仕立てた。客室3部屋を一間にした食事処は、もとからある梁を生かしながら天井を抜き、開放感のあるスケルトン構造を取り入れている。

〈若狭ふぐの宿 下亟〉客室は洋室化し床も無垢材のものに張り替えることで、モダンな空間に仕立てた。客室3部屋を一間にした食事処は、もとからある梁を生かしながら天井を抜き、開放感のあるスケルトン構造を取り入れている。

〈若狭ふぐの宿 下亟〉客室は洋室化し床も無垢材のものに張り替えることで、モダンな空間に仕立てた。客室3部屋を一間にした食事処は、もとからある梁を生かしながら天井を抜き、開放感のあるスケルトン構造を取り入れている。

先駆者である下亟さんの事例は、周囲の民宿にも影響し、ハード・ソフト面の付加価値向上に向けた積極的な動きにつながっています。今年度は5軒が地域計画に参加し、補助事業を実施。取材当日も工事の音が地域のいたるところで響き、これから地域が元気になる兆しが感じられました。

「昔ながらの民宿の雰囲気を望むお客さまも、まだまだいらっしゃいます。一律的なリノベーションを実施するのではなく、多様な民宿が共存していけるような、そんな地域づくりをしていきたいです。何年かかるかわかりませんが、阿納が成功事例となって、ゆくゆくはほかの里海エリアの発展にも、株式会社阿納として一役買えればと思っています」(浜本さん)

地域で実践を担い、利益を出す

〈まちづくり小浜〉は、株式会社であることによって、アイデア出しだけでなく、実践まで一貫して担っています。その中心に立つ御子柴さんは、「私たちは、地域の稼ぐ力が自社の利益や業績に直結します。その分、自分事として取り組む気持ちは強い」と言います。

だからこそ、同社は地元企業と新しい商品開発に取り組むなど、「ファーストペンギン」としてリスクを抱えながらも先頭を切っており、その実行力が地域を盛り上げています。御子柴さんが描く、小浜市の観光資源をつないで大きな面にしていくという絵は、今後さらに広がりを見せていきそうです。

〈道の駅 若狭おばま〉の敷地内にまちづくり小浜の事務所もある。まちづくり小浜への入社を望む、地元の若い人たちも年々増えているという。

〈道の駅 若狭おばま〉の敷地内にまちづくり小浜の事務所もある。まちづくり小浜への入社を望む、地元の若い人たちも年々増えているという。

text:櫻井卓 photo:田中陽介

取材日:2022年11月28日-11月29日