“水と森のまち”としての魅力を発信する
群馬県みなかみ町
関東地方 群馬県みなかみ町
みなかみ町は、観光協会、商工会、金融機関と密接に連携しながら、町内にある18の温泉エリアを網羅した30事業者による取り組みを実施しています。行政が主体となり、地域の観光資源の再生・付加価値向上に取り組んだ経緯やその現状などについて、みなかみ町役場総合戦力課地方創生室の石坂貴夫さんをはじめとする、関係者の皆さんにお話をうかがいました。
行政が主体となり、「水と森」をキーワードに事業者を巻き込む

利根川上流の岸辺に位置し、谷川連峰を望むみなかみ町。2005年に月夜野町、水上町、新治村が合併して誕生した。

みなかみ町の計画を中心となって遂行する役場総合戦力課地方創生室の石坂貴夫さん。「水と森の楽園」再生に向けた課題解決に取り組んでいる。
都心からのアクセスが良いみなかみ町。バブル時代には社員旅行などの団体客向けに大型宿泊施設がたくさん建設されましたが、時代の推移とともに増加する個人旅行のニーズに対応できず、休業、廃業になった宿泊施設が点在しています。
「情緒ある景観を回復して、観光資本としての価値再生を図るために、地域協議会を発足しました。以来みなかみ町では、事業者がさまざまな支援策を個別に活用していましたが、本事業の趣旨である地域一体となった取り組みを実現するためには、各事業者を横断的に巻き込み、それぞれが抱える課題を認識している行政が主体となる必要性を感じました」と石坂さんは申請主体として積極的に動いたきっかけを語ります。
「宿泊業に限らずエリア内のさまざまな事業者に参加を呼びかけたり、事務局の伴走担当や金融機関との意思疎通を図るうえでも、役立てたと思います」
「産・官・学・金」連携で、跡地を新しい観光資源に

廃屋撤去の現場は、まちの中心にある。撤去によってまちの中心の廃墟が観光資産として再生することになる。
地域にとって大きな課題であった廃屋の撤去にも、みなかみ町が主体となって取り組んだといいます。
「遠くに谷川岳を望み、そばには利根川が流れる景観を廃屋が妨げており、今回の補助事業で撤去することとしました。
その最初の例となったのが、水上温泉街の中心部に位置する廃墟化した大型旅館の撤去です。群馬銀行と都内に本社がある不動産会社社長の協力を得られたことが、事業の推進力になりました」
また、同時に進めていたみなかみ町全体のグランドデザインを話し合う場に、国立大学法人東京大学大学院工学科系研究科の参画を得ることができ、産官学金連携が実現したことで、幅広い視点から課題の整理や解決方法について検討が進んだと振り返ります。

「学生さんから、跡地でキャンプしたいと聞いて驚きました。官民学金連帯によって、新しくユニークなアイデアに触れられたことは、大きな助けとなりました」(石坂さん)

別の廃屋撤去現場。交通量の多い岸辺にあった大きな廃屋を撤去することで、利根川の眺めと温泉街の情緒の回復を目指す。
地域が目指すブランドイメージを、個別事業で創出
みなかみ町は、自然と人間社会が共生する世界的なモデル地域として2017年に「ユネスコエコパーク」に登録され、また2019年には国から「SDGs未来都市」に選定されています。豊富な森林資源の保全・利活用を主なテーマとして、ユネスコエコパークとSDGsによるまちづくりを進め、その目標実現の過程で上質な宿泊施設を再整備する一方で、自然環境を害さない調和のとれた観光地として再生することを目指しています。
「みなかみ町は“利根川源流のまち”であり、“水を支える森林のまち”でもあります。温泉に入りながら川のせせらぎを聞き、森を眺めて風を感じる。そんな五感で楽しむリトリート空間が補助事業によって創出されるよう、宿泊事業者のみなさんと認識を合わせています」と、みなかみ町全体で志向する「水と森の楽園」というブランドイメージと個別事業の整合性を、町が主導することについても石坂さんは言及します。
この事業に参加した宿泊施設のひとつが、みなかみ町の老舗ホテル〈水上館〉です。
管理部長の澁谷剛士さんは、「改修計画は以前からあり、今回ようやく実行することができました」と話します。
「この建物は、利根川の川岸ぎりぎりに建てられています。建設当時は問題がなかったのですが、現在の法律の規制では解体すると再建築ができない場所となります。そのため改修も技術的、費用面で非常に困難なことでしたが、今回ようやく部屋の改修に着手できました。部屋は、高付加価値改修を実現するために5部屋を半露天風呂付きの特別室に改装中です。水上館は利根川の河岸にあり、谷川岳もよく見える場所にあります。今後もその立地を大事にし、水、自然との共生を意識した部屋のデザインを進めていきたいと考えています」
〈ホテル辰巳館〉は、高級感のある佇まいに外観を一新。さらに、客単価向上をねらった露天風呂やサウナ付きの客室改修や、高齢の方や障がいのある方も利用しやすいバリアフリー改修も実施しました。

周囲の景観に溶け込むシックな色合いに外観が塗り替えられた辰巳館。

県道から敷地内が丸見えになっていたため、塀をつくって目隠しに。玄関へと続くアプローチにもなり、雰囲気が良くなった。
まちの魅力を伝えるために、新しい発想の体験型アクティビティを提案
利根川源流のまちであるみなかみ町では、宿泊施設だけでなく観光施設をはじめ地元のさまざまな観光関連事業者が、「水」をテーマにジャンルを超えてみなかみの水の持つ価値を遊び、学び、食すという新しい体験プログラム「みなかみウォーターツーリズム」に取り組んでいます。
「利根川は流域面積日本一を誇り、首都圏の水瓶として3000 万人の暮らしを支えています。その暮らしに密接な利根川の水源が、大水上山の雪解け水の一滴だと認識すれば、そこに新しいみなかみ町の魅力が生まれると思うのです」(石坂さん)
令和4年度には「Water Leading to you」というイベントが実施され、水の起源と自然を遊ぶアウトドアアクティビティ、水と人の営みを学ぶワークショップ、水が奏でる食を楽しむフード&ドリンクという3つのジャンルで、体験プログラムを実施しました。
同イベントに参加した事業者のひとつが、ラフティングや登山、ウィンタースポーツのスクールを主宰する〈ワンドロップ〉です。
「首都圏からのツアー参加者には、みなさんの体をつくっている水のルーツは、この土地にあるということを必ず伝えます。この雪が利根川に流れ込み、家の蛇口から出てくる水になるというストーリーを話すと、参加者は俄然興味を持って聞いてくれるんです」と語るのは、同社でアウトドアガイドをしている須田さん。参加者はプログラムを通じて、みなかみのまちに対しても関心を持つようになるそうです。

〈ワンドロップ〉のアウトドアガイドをしている須田建さん。うしろに見えるのは谷川岳。豊かな自然の恩恵により、多様なアクティビティが生み出されている。
駅前活性化を目指し、築50年の建物をブックカフェにリノベーション
移住者が積極的に本事業に関わっていることも、みなかみ町の注目すべき特徴です。
澁澤健剛さんは、谷川岳に魅せられて10年以上みなかみ町に通い詰め、2018年に群馬県伊勢崎市から家族で移住しました。水上駅前がシャッター通りになっていることを憂い、令和4年度の事業では、廃業していた古い書店をブックカフェ〈Walk On
Water〉として再生しました。
「カフェをやるだけではおもしろみがないのと、近年本屋がなくなってしまったみなかみ町の子どもたちに、本を通して広い世界を伝えるためにブックカフェをつくりました。まちの玄関でもある駅前でやることにもこだわりました。いまは閉まっている店が多いけれど、観光拠点の再生は駅前から始まると考えています」(澁澤さん)

JR水上駅前に位置するブックカフェ〈Walk On Water〉。「まちの景観を保つためには、毎日シャッターを開けることが大事」と澁澤さん。歴史を感じさせるファサードは、あえてそのままにして残したそう。
築50年の建物の改修では、キッチンを新たに設置。旧書店で使用していた年数を重ね味わいの増した家具を生かした店内は、観光客、地元客を問わず、老若男女がくつろげる空間として生まれ変わりました。
「かつてみなかみ町に来るたびに驚いていたのは水のおいしさでした。みなかみの水で淹れたコーヒーは格別です。このまちには水源がたくさんあり、谷川岳や武尊など水源によって味が違うのもおもしろい。お米もみなかみの水で炊いたものは驚くほどおいしかったので、2019年に日曜の朝だけ営業するおにぎり屋さんを妻と始めたところ、登山客やスキー客にとても好評でした」と澁澤さんは言います。
店名にも込めたみなかみ町の水への想いを、ブックカフェという場で、観光客だけでなく住民にも届けています。
官民の連携、そして移住者の視線に学ぶ努力で、新しい観光を生み出す
春から秋にかけては、令和3年度の事業でスタートした「シェアサイクル」も設置。南北約2キロと長く続くこのルートは、水上駅と温泉街を結ぶのに役立ち、サイクルポートは5か所から翌年には8か所に増設されました。

雄大な谷川岳。ここに降り積もる雪が、みなかみ町を“水と森のまち”として育んでいる。
「ほかの観光地の真似事ではなく、“水と森のまち”というみなかみ町ならではのブランディングを大切に、これからも官民連携や、“移住者”という地域が一体となるのに不可欠な存在を巻き込みながら持続可能な取り組みを推進していきたいですね」と、石坂さんは抱負を語ります。
text:斎藤理子 photo:千葉諭
取材日:2022年12月16日-17日