地域一体となった観光地・観光産業の再生・高付加価値化事業

令和4年度更新

観光で地域の価値を将来世代につないでいく
観光庁観光産業課長インタビュー

現在の日本の観光地が抱える課題とは、そして「地域一体となった観光地の再生・観光サービスの高付加価値化事業」のねらいとは。本事業が創設された背景や、地域公募後に見えてきたことなどを、観光庁観光産業課長の柿沼宏明氏が語ります。

地域の経済循環を生み出す鍵は、宿泊業

――現在、柿沼課長がリーダーを務めるこの事業が始まった背景を教えてください。

まずは、新型コロナウイルスの感染拡大によって、観光産業が大変なダメージを受けていることが1点です。とはいえ、観光産業がコロナ禍以前は順調だったかというと必ずしもそうではなく、積年の課題が先送りされ続けた結果、コロナ禍で決定的になったという問題点もありました。

この2点を踏まえ、観光産業を今後どうしていくべきか検討を重ね、地域として高付加価値化を図るのが大事だろうという結論に至りました。ウィズコロナ、アフターコロナへと移っていくなかで、観光需要は国内外ともに回復していくことが予測できますが、その際、訪れた旅行客をしっかりと受け入れるための準備に、結果としてなると思います。

――本事業では計画の磨き上げを行う伴走支援を導入していますが、その制度設計にはどういったねらいがあるのでしょう。

観光地の再生・高付加価値化とは、言い換えると、地域が自分たちの魅力や他と差別化できる強み(ウリ)をよく理解し、それをふまえてどういった地域にならなければいけないのか、ということです。いわゆる画一的な、金太郎飴のような地域をつくることは、このご時世に求められていないでしょう。

地域の伝統や文化に基づいた古来からある価値を、将来世代に引き継いでいくことが最も重要で、そのための手段として観光があると我々は考えています。ですから、地域の良さが何であるのか、まずは関係者のみなさんで考えていただきたい。しかし、そもそも自分たちの地域の良さがわからなかったり、気づいていないことも多いので、そのお手伝いをするために、伴走支援の制度を設けました。地域が将来どうすべきか、中長期的なビジョンをしっかり持つことが一番大事であり、その部分で伴走支援における各専門家の知見が生かされていくと思っています。

――政府は、コロナ禍において短期的にさまざまな支援制度を設けてきましたが、今回の事業では個社の目先の利益ではなく、長期的な循環づくりが重要になってくるのではないでしょうか。

そうですね。コロナ禍をどう乗り切るかも当然重要です。一方で、構造的課題を抱えた現在の産業を、将来世代に引き継いでいくことはできないと感じています。観光庁としては、地域の経済循環を生み出す鍵を握るのが、宿泊業だと考えています。とりわけ旅館は、地域のショーケース、要は地域固有のストーリーを体現する場であるべきです。

具体的には、季節ごとに変わる旬の食べものを通して、土地に根づいた食文化を伝えることができますし、設えや建築様式ひとつとっても同じことが言えます。宿泊客にこうした体験をしていただくことが、その地域での具体的な消費行動につながると思うので、旅館の果たす役割は非常に重要であり、旅館がよくなることで地域全体に波及する効果は大きいです。今回の事業が宿泊施設を核として展開するのは、そういう期待を込めているからなのです。

大切なのは、他の地域の真似ではなく差別化

――応募した地域は関係者が連携してコンセプトをつくり、個別の施設を磨き上げるプランを練り、資金調達の方法を考えることになります。仮に、今回採択されなかったとしても、こうした計画策定だけでも、非常に意義があるといえるのではないでしょうか。

本当にその通りで、この事業の一番の意義は、観光地経営のマスタープランとなる地域計画をしっかり構築し、磨き上げを行うことです。残念ながら、日本全国を見渡しても、しっかりと観光地経営をされている地域はほとんどないのが実情です。さしあたって個社が自分のことばかりを考えているような状況と言えますが、まずは第一歩として、関係者がひとつの土俵に上がり地域全体のことを見通し、今後どうしていくのか考えないと未来はないでしょう。そういった意味でも、外からの視点としての伴走支援に期待をしています。

――自治体は、この事業に対してどういうポジションでいるべきだとお考えですか?

目先のことではなく、地域全体の成長戦略がこの事業の根底にあるわけで、関係者の調整やまとめ上げ、テコ入れなどは、ぜひ自治体が中心となって積極的に動いていただきたいと思っています。

――第1・2回有識者審査会で計61地域が採択(8月9日時点)されていますが、採否を分けたポイントについて教えてください。

多数の応募がありましたが、個社の事業、つまり「点」としてではなく、「面」として地域のビジョンに基づいた取り組みを示したところが採択されています。なお、本事業の公募前からすでに、地域課題を自分たちで解決することに着手していたところは、準備期間が長かったという意味でも計画の熟度が高く、採択される傾向にあります。

――今年度の事業からどんなことが見えてきましたか?

単刀直入に言うと、地域全体での取り組みは残念ながらまだまだだと感じます。自分たちの地域の魅力について考える、ファーストステップを確実に踏まないと、その魅力を生かして地域をどうしていくかというセカンドステップにも行けません。大切なのは他の地域の真似ではなく、差別化です。

よく「うちの地域は発信が下手だから」という声を聞きますが、発信の問題ではなく、地域の良さをわかっていないのが問題だと私は思っています。新たに観光商品をつくろうとするばかりではなく、地域に根づいた伝統、文化は何なのかなど、いま一度考えていただければと思います。

――最後に、観光庁のビジョンについてお聞かせください。

観光によって地域を生き返らせたい、ということに尽きます。観光地経営をしっかり行い、人が来ることによって得られた利益で、これまで培われてきた地域の価値に再投資していく。そうして日本のすばらしい地域を将来世代に引き継ぐことが、我々の使命だと思っています。

text:兵藤育子 photo:水野昭子