地域一体となった観光地・観光産業の再生・高付加価値化事業

「萩まちじゅう博物館構想」をベースに、
未来の観光ニーズを見い出す
山口県萩市

中国地方 山口県萩市

山口県萩市は、持続可能なまちづくりを維持するためのさまざまな努力を、半世紀も前から積み重ねてきたそうです。萩観光協会の専務理事・藤田将一さん、萩版DMO事業マーケティング責任者の上利寿博さんをはじめ、令和4年度事業に参加している事業者の皆さんに、これまでの取り組みや「伴走支援」制度を活用した体験などについてお話をうかがいました。

阿武川河口の三角州を中心に発展してきた萩市。その歴史が育んだ文化、景観を生かして新しい観光資産の発展に取り組んでいるの写真。

阿武川河口の三角州を中心に発展してきた萩市。その歴史が育んだ文化、景観を生かして新しい観光資産の発展に取り組んでいる。

長年の取り組みがバックグラウンドとなり、補助事業を促進

毛利36万石の城下町の姿を色濃く残す山口県萩市。1972年に「萩市歴史的景観保存条例」を、2003年には「萩まちじゅう博物館構想」を制定し、萩のまち全体を屋根のない博物館と捉えて、まちの保存や研究、拠点・周辺整備に取り組むとともに、「心のふるさと・萩」としてのおもてなしを、市民・事業者・行政が一体となって推進してきました。この、全市を挙げた20年余りに及ぶ取組こそが、観光庁の施策を活用するうえでの下地となっています。

令和3年度事業でも採択されていましたが、それは宿泊事業者が主体となった申請で、参加者数は6事業者・8施設でした。

萩観光協会の専務理事・藤田将一さん(右)と、萩版DMO事業マーケティング責任者の上利寿博さん。有形文化財になっている萩駅舎前での写真。

萩観光協会の専務理事・藤田将一さん(右)と、萩版DMO事業マーケティング責任者の上利寿博さん。有形文化財になっている萩駅舎前で。

令和4年度事業では、「萩まちじゅう博物館構想」に基づき、萩市観光協会を申請主体として、さまざまな業種の22事業者・31施設が計画に参加。参加事業者が数倍に増え、業種も幅広くなったにもかかわらず、「合意形成の過程で反論や意義はまったくなかった」と藤田さんは振り返ります。

「伴走支援」の活用で、地域計画をブラッシュアップ

伴走支援では、ブランディングの専門家や経営コンサルタント、観光アドバイザー、建築コンサルタントといった多様な専門性を持つチームが、地域計画の磨き上げや計画採択後の交付申請をアシストします。
萩市はこの伴走支援を活用し、ブランディングの専門家が取りまとめるワークショップを実施。そこで、地域の想いを具体化し、計画に反映しました。

「私たちだけで作成した最初の計画書は、あれがしたい、これがしたいという、希望をただ並べただけのものでしたが、それを伴走支援を経て、図表やデータを基に理論立てたアウトプットに磨き上げることができました。私たちには萩への熱い思いや事業に対するさまざまな構想があっても、それをうまく他者に伝える文章にすることがとても難しい作業でした。伴走支援チームの方々は、萩市の歴史や文化、また問題点までをよく理解したうえで、我々の伝えたいことを見事に明文化してくれたんです。そうそう、これが言いたかったんだよな、という内容に仕上がり、驚きました」と上利さんは語ります。

地域計画書の一部の画像
地域計画書の一部。「修正案を送ると、すぐに次のアドバイスが戻ってくるのでとても大変なのですが、こちらががんばらないといけないという思いになりますね」(上利さん)の画像

地域計画書の一部。「修正案を送ると、すぐに次のアドバイスが戻ってくるのでとても大変なのですが、こちらががんばらないといけないという思いになりますね」(上利さん)

世界遺産のまちで、新しい観光需要に対応

今回の取り組みに参加した宿泊施設のひとつが、萩城三の丸地区にある〈北門屋敷〉です。この地区は江戸時代の武家屋敷の風情を残す貴重なまち並みとして、国の最初の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されており、それだけに、改築や修復などに関する規制が厳しいことが長年の懸案でした。

専務取締役で萩市観光協会の副会長でもある吉村龍一朗さんは、今回の事業について次のように語ります。

「“江戸時代の地図がそのまま使えるまち”として、城下町の風情だけでなく、豊かな自然環境のもたらす景観、そして食文化にも恵まれた萩には、かつて年間450万人を超える観光客が訪れていました。

しかし団体旅行から個人旅行への旅行スタイルの変化に対応し、旅の目的地として萩でじっくりと過ごす人を増やすためには、宿泊地としても観光地としても全体的にテコ入れをしていかなければなりません。観光に関わる人なら誰でも手を挙げられて使いやすいこの事業は、まちの魅力を向上するうえで大きな原動力となっています」

〈北門屋敷〉専務取締役で萩市観光協会の副会長も務める吉村龍一朗さん。さまざまな立場、視点から萩の観光資産の再生を担っているの写真。

〈北門屋敷〉専務取締役で萩市観光協会の副会長も務める吉村龍一朗さん。さまざまな立場、視点から萩の観光資産の再生を担っている。

北門屋敷では廃屋化していた建物を全面撤去し、木造2階建ての客室8部屋を構築しています。

「居心地が良く、長い時間過ごせる部屋を増やすことによって、顧客満足度向上はもちろん、より戦略的な販売が可能になると考えます」

北門屋敷はもちろんのこと、萩城下町全体の景観も改善されることで、藩政時代の面影を色濃く残した武家屋敷の風格は、歴史や文化好きな人たちはもとより、日本文化に興味があるインバウンドの旅行客への訴求力も期待できそうです。

武家屋敷を思わせる北門屋敷の表門。歴史が刻み込まれた門構えで、宿泊客を迎え入れることがこのまちの魅力となっているの写真。

武家屋敷を思わせる北門屋敷の表門。歴史が刻み込まれた門構えで、宿泊客を迎え入れることがこのまちの魅力となっている。

江戸時代の石垣には保存義務があり厳しい規制があるが、課題を解決しながら、洗練された半露天風呂付の客室がまもなく城下町に誕生するの写真。

江戸時代の石垣には保存義務があり厳しい規制があるが、課題を解決しながら、洗練された半露天風呂付の客室がまもなく城下町に誕生する。

“おもてなしの心”を具現化した改修

美しい砂浜が続く菊ヶ浜に面した〈リゾートホテル美萩〉は、客室10部屋を5部屋の露天風呂付き客室へと改修しました。さらに小児連れのファミリー層がほかのお客さまに気兼ねなく過ごせる部屋も新たに設けたそうです。

「リゾートホテル美萩のコアターゲットは50代~60代ですが、セカンドターゲットは20代~30代です。今回はこのセカンドターゲットに対象を絞って思いきった改修を行い、3部屋のキッズルームをつくりました。遊び場も確保された楽しいデザインの客室で、お子さまの声や足音などを気にせず過ごせる空間になっています」と、副支配人の星原浩文さんは、年代が異なる宿泊客双方が満足できる改修ができたと自信をのぞかせます。

「さまざまな要因による観光客減少への対応は事業者単体では難しいのですが、この事業のおかげで、取り組むことができました」と振り返えるの写真。

「さまざまな要因による観光客減少への対応は事業者単体では難しいのですが、この事業のおかげで、取り組むことができました」と振り返える。

「観光客のさまざまなニーズに応えるには、ハード面だけではどうにもならない部分があります。萩が地域ぐるみで掲げる“おもてなしの心”、うちのキッズルームの新設も、そんな“おもてなしの心”の一環です」

また、星原さんは「私はこれまで市外の宿泊施設に勤めていたので感じることですが、萩市は観光協会をハブに、関係者全員がまちを良くしようと集中する結束力が強いですね」とも。今回の取り組みを契機に、観光協会との情報連携がより早くなっただけでなく、伴走支援によるフィードバックを受けることで、”萩まちじゅう博物館構想”の共有認識が各事業者のなかで強まったそうです。

〈リゾートホテル美萩〉に新設されたてんとう虫がテーマの家族向け客室。子どもが走り回っても気にならない広々とした空間が、高稼働率を実現させるの写真。

〈リゾートホテル美萩〉に新設されたてんとう虫がテーマの家族向け客室。子どもが走り回っても気にならない広々とした空間が、高稼働率を実現させる。

同じく森とジャングルがテーマの家族向け客室。ホテルには珍しい2段ベッドが設置されているが、子どもたちには人気があるというの写真。

同じく森とジャングルがテーマの家族向け客室。ホテルには珍しい2段ベッドが設置されているが、子どもたちには人気があるという。

こちらは海がテーマの家族向け客室。この3部屋はシャワーブースのみの設置だが、貸切露天風呂をサービスで提供し、萩の“おもてなし”を実現しているの写真。

こちらは海がテーマの家族向け客室。この3部屋はシャワーブースのみの設置だが、貸切露天風呂をサービスで提供し、萩の“おもてなし”を実現している。

リゾートホテル美萩に隣接する姉妹施設〈萩一輪〉では、若年層のサウナ人気に対応し、大浴場をリニューアルしてサウナを設置しました。外観は萩らしさを保ちつつ、施設内をいまの時代に合ったものに改装することで、観光サービスの高付加価値化が実現できていると、萩観光協会の上利さんは語ります。

海辺に面した露天風呂付きの客室。プライベートな旅の時間が確保されている部屋が人気を集めているというの写真。

海辺に面した露天風呂付きの客室。プライベートな旅の時間が確保されている部屋が人気を集めているという。

まち歩きを楽しむ旅行者向けに、宿泊客以外も利用できる足湯を中庭に新しく設置したそうの写真。

まち歩きを楽しむ旅行者向けに、宿泊客以外も利用できる足湯を中庭に新しく設置したそう。

萩の観光を支えてきた小規模事業者も参加し、地域一体を実現

福間直彦さんと淳子さん夫妻が営む、昭和37年創業の呉服屋〈萩ふくや〉は、6年前からレンタル着物を、そしてコロナ禍の新しい試みとしてキックボードの貸し出しを手がけています。今回の取り組みでは、観光客がSNSなどにアップする写真撮影を行う店舗入口の改修や、着替え部屋の整備、駐車スペースの拡大を実施しました。

「お客さまはほぼ車で来店されるので、駐車スペースの拡大は必須でした。また着物を選び、着替える場所は、安心して過ごせるよう畳をすべて抗菌仕様に刷新し、さらに来客が重なっても部屋を仕切ることで同時に着付けできるようにしたことで、お客さまの満足度もかなり上がったと思います」と、直彦さん。

「今回萩市観光協会からお声がけいただきましたが、こういう小さな店舗でも参加できる事業はとても珍しく、すごくありがたいです」と淳子さんもうなずきます。

福間直彦さん(右)と淳子さん。着付をしながらのお客さまとのおしゃべりでは、観光から食事までアドバイスを熱心に行っているの写真。

福間直彦さん(右)と淳子さん。着付をしながらのお客さまとのおしゃべりでは、観光から食事までアドバイスを熱心に行っている。

明治35年創業の中村酒造の〈宝船〉は、地元の人なら誰もが知っている地酒のブランドです。従前から酒蔵の見学、試飲に対応していましたが、その受け入れ環境が大きな課題となっていました。

「店先の土間で立ったままの試飲、和式のトイレは、来訪者に不評でした。これをなんとかしたいとずっと思っていたところ、観光協会からお話をいただき、チャンスだと思いすぐに応募しました」と話すのは、取締役そして杜氏を務める中村雅一さんです。

長年使用されずデッドスペースになっていた従業員の休憩場所を試飲ルームに改修し、トイレは洋式につくり変えました。

中村酒造4代目中村雅一さん。「試飲だけでなく、お客さまが好みの銘柄を見つけお買い求めいただけるような、過ごしやすい空間づくりを心がけています」の写真

中村酒造4代目中村雅一さん。「試飲だけでなく、お客さまが好みの銘柄を見つけお買い求めいただけるような、過ごしやすい空間づくりを心がけています」

完成間近の試飲ルームには簡単なキッチンも備えてあり、萩の食材とのマッチングも楽しんでもらうことができるの写真。

完成間近の試飲ルームには簡単なキッチンも備えてあり、萩の食材とのマッチングも楽しんでもらうことができる。

酒瓶の写真

「試飲ルームはもともとあった梁を生かし、扉や壁を木材にして、萩市の景観条例や萩まちじゅう博物館構想を意識したデザインにしてもらいました。古き良き酒蔵を求めていらっしゃるお客さまの期待に添えるような雰囲気になったと思います。また、トイレの洋式化は喫緊の課題だったので、今回の取り組みの一環で改修でき感謝しています」

萩焼を扱う〈萩焼城下苑〉は、世界遺産に選ばれた地区「萩城城下町」に昭和50年から営業を続け、店舗のリニューアルを検討し始めていたところでした。オーナーの所愛子さんは、懇意にしている地元の金子工務店の金子博巳さんとともに事業説明会に参加し、改修の効果で生まれる“おもてなし”の実現に取り組みました。

「これまではお客さまの視線、動線などは考えていませんでした。これからは、外のショーウィンドウを見て、そして店内に入っていただき、ゆっくりと巡る動線によって多くの作家さんの作品が見やすくなると思います」と所さん。

金子さんは、「萩焼城下苑は世界遺産エリアにあるので、看板の色や外観を変えることはできません。また古くからのお得意さまが多いので、“懐かしいふるさとの場”としてのイメージを残しつつ、部材をグレードアップするなどの改修が必要でした」とも付け加えます。

国指定重要文化財である菊屋家住宅が建つ菊屋横丁にある〈萩焼城下苑〉。外観の改修によって、この横丁がさらに観光客を魅了することが期待されるの写真。

国指定重要文化財である菊屋家住宅が建つ菊屋横丁にある〈萩焼城下苑〉。外観の改修によって、この横丁がさらに観光客を魅了することが期待される。

萩焼城下苑の看板も改修。杉皮葺き屋根に生える草や苔はそのままに、木枠をきれいにの写真。

萩焼城下苑の看板も改修。杉皮葺き屋根に生える草や苔はそのままに、木枠をきれいに。

「萩にあるもの、萩にしかないもの」を見極め、観光資源として紡ぐ

長年にわたる景観保護の取り組みによって、地域の意思統一が促進されてきた萩市。今回の事業では、萩市観光協会の粘り強いリーダーシップのもと、伴走支援を活用しながら、宿泊施設だけでなく、おみやげ店、酒蔵、窯元、飲食店、レンタルショップ、さらには美術館、博物館まで、市内全域のさまざまな事業者が「地域一体となり」、未来の観光ニーズを先取りできるような観光資源の再生にチャレンジしました。

その歴史・文化・自然を将来の世代に引き継いでいくための取り組みは、今後も揺ぎなく続くことでしょう。

text:斎藤理子 photo:小川朋央

2023年1月26日-27日